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意欲的な企画に興味津々
鍼灸業界で最も歴史と権威がある業界誌「医道の日本」の2020年1月号で、「ツボの選び方」というとても興味深い特集がありました。

医道の日本 2020年1月号(1-2月号連動企画 ツボの選び方1)
- 作者:
- 出版社/メーカー: 医道の日本社
- 発売日: 2020/01/08
- メディア: 単行本
課題として一つの症例が挙げられ、立場が様々な18組の鍼灸師の先生方が、どのように施術を組み立てていくかを答えていくというものです。
このような試みには、とても興奮しました。
良企画「ツボの選び方」でただ一つ残念な点
ただ一つ残念だったのは、私に声がかからなかったこと、、、。
まあ、掲載されている先生方と比べると、流派を創始したわけでもなく、本を出しているわけでもない自分に声がかかるわけは無いんですけどね。
ただ、立場に関係なく、私もこの昂りをを抑えることができないので、勝手に解答を発表させていただきたいと思います。
医道の日本の挑戦状
企画では次のような課題が出ました。参考のために全体を掲載しますが、鍼灸師じゃないとチンプンカンプンかと思います。
特に後半は鍼灸師である自分でも、読解にかなり骨が折れます。こういうのに慣れない方は、解答まで読み飛ばしていただいた方が良いと思います。
ざっくりまとめると、「45歳の男性が以前腰を痛めて、鍼治療で良くなったけど、長く座ってると違和感が出てくる。」ということです。
鍼灸師、特に伝統派の方たちは、単純に症状だけでなく、色んなことを治療のヒントにするんだね、くらいに捉えていただければと思います。
課題
患者
45歳、男性、中肉中背
経過
X-20年、運動中にギックリ腰を発症、動けなくなり緊急でクリニックを受診。3日間医師の往診を受ける。その後、接骨院にて干渉波による治療を受ける。
X年、6カ月前に極度のストレスを感じたあと、急性腰痛を発症。3回の鍼灸治療により改善したが、デスクワークで長く座位を続けると腰部に違和感が生じる。胸腰部伸展動作で腰部に若干沁みるような痛みがある。主訴以外の所見
望診
愛想がよく、明るくよくしゃべる。顔は日に焼けて黒いが、胸腹部や背部は白い。
聞診
声は大きくて高いが、しばらくしゃべっている内に小声になる。
問診
夢は毎晩のように見るが、睡眠中に目が覚めることは無い。8時間以上寝ないと昼間きつい。午前中は何となく身体がだるく、午後から夜にかけて本調子となる。毎食後、一時的に猛烈に眠くなる。常に過食気味で、甘味を好む。弁歩する事はなく、日によって、毎食後に排便に行くことがある。排尿の回数は他人よりもやや少なく、尿が少し赤みを帯びている。肩こりの自覚はなく、頭痛も背中の痛みもないが、手足ともにややほてる感じがある。
切診
脈状は左右ともに沈、虚、数、濇。左右寸関尺の相対的虚実は、左関上が最強、右関上が最弱。各部の虚実の関係は左寸口>右寸口>右関上で、左右の尺は左寸口と同程度の強さであるが、左右差は判定できない。
前腕部の大腸経、下腿部の胆経に圧痛が見られる。
腹部や背部の皮膚に触れると、やや冷たい感じがする。
課題に対する私の解答
さて、自分だったらどのツボを使うかですが、足三里を選択します。
6カ月前に発症した急性腰痛はすでに改善していると考えて良いと思います。
「長く座位を続けると腰部に違和感が生じる」という事から、動きの問題よりも姿勢を保つ働きに問題が生じていると考えます。
また「胸腰部伸展動作で腰部に若干沁みるような痛み」とあることから、骨盤の前傾が推測されます。骨盤が前傾していると、通常の状態が反り腰になり、腰をさらに反らせようとすると腰や背部に痛みが出ることが多くあります。
股関節が外転気味であると、骨盤が前傾しやすくなります。股関節の外転傾向が強い場合、前脛骨筋の緊張が関わることが少なくありません。逆に、前脛骨筋の緊張を緩めると、股関節の外転が修正され、骨盤の前傾も解消され、姿勢を保つ働きが回復し、慢性的な腰痛が改善するケースが多く見られます。
そこで、前脛骨筋上にある足三里が治療点の候補として浮かび上がってきます。
足三里は腹部・背部の症状にも関連することから、「過食気味」「腹部や背部の皮膚に触れると、やや冷たい感じ」という部分にも当てはまります。
さらに、足三里は腕橈骨筋の緊張とも連動が見られるので、「前腕部の大腸系の圧痛」にも対応できそうです。
これらの情報を総合した結果、足三里というツボを選択しました。
実際鍼をする場合は、鍼は寸3・1番で、直刺、刺入深度は7mmにします。
稀に見る難問?
挑戦してみて、稀に見る難問だと感じました。
というのも、患者さんが何を求めているかがハッキリしないからです。
鍼灸師の仕事は、痛みをとったり、脈を整えることではなく、患者さんの悩みを共有し、患者さんと一緒にその悩みを解決していくことだと思っています。
この症例では、日常生活に支障をきたすような悩みは解決されているように感じます。
その上で、何を解決したいのか、患者さんと共有したいところですが、この問題文だけでは、はっきり捉えきれませんでした。
長時間座ってると出てくる違和感をなくしたいのか?
腰をそらしたときに若干感じる沁みるような痛みをなくしたいのか?
今は大丈夫だけど、ギックリ腰が再発する不安を払拭したいのか?
あるいは、いつまでも大声でしゃべり続けたいのか?もしくは、脈を整えたいのか?
目的によって選ぶツボが変わる
今回、足三里を選択したのは、提示されている患者さんの状態に広く効果が期待できるからですが、患者さんが解決したい問題がもっとハッキリすれば、ツボの選択も変わります。
腰をそらしたときの染み入るような痛みに限定するなら豊隆になるかもしれません。
デスクワークがPC関連であれば、後谿が腰痛の改善ポイントになる可能性も高いです。
あるいは、現在問題は感じていないけど、ぎっくり腰の再発の不安のみが悩みであれば、生活上の注意点をお話しするだけで、治療はしないという選択肢もあります。
ツボの選び方で感じたこと
様々な立場の鍼灸師が、一つの症例について、治療のやり方を公開していくというのは、非常に興味深い試みだと思います。
勝手にですが、自分もチャレンジすることで、色んなことに気づく事ができました。
特に感じたのは、患者さんが鍼灸に求めているもが、通っている鍼灸院によって、あるいは、かかっている鍼灸師によって違うということです。
患者さんが求めているもの
自分は、自分の院と北斗病院の鍼治療センターで、週に100例以上の施術に接してきていますが、どちらも、患者さんが求めているものはそれほど変わりません。
しかし、今回の出題された問題は、普段我々が求められるものとは、ズレがあるように感じました。症状が難しいわけではないのに、問題が難解に感じたのは、そこが原因だと思います。
また、医道の日本で、様々な鍼灸師の先生方のお答えを読んでみても、皆さん、それぞれ目的が少しずつ異なっているように感じます。
患者さんのためと一言では言えない
「患者さんのため」という言葉の意味が、鍼灸師によって、様々であることを改めて確認することができました。
立場によって正解は変わりますので、良い悪いはありませんが、これから鍼灸師を目指す人にとっては、迷う原因にはなってしまいそうです。
私達は幸い、病院の中で実際の患者さんに協力いただいて、検証させてもらえる機会が数多くあります。
実際の患者さんと協力し合いながら、医療としての鍼灸に求められるものを明確にし、鍼灸のそこの可能性を伸ばしていきたいと考えています。