北斗病院との共同研究が始まって1年。これまでの歩みを振り返ることで、鍼灸師の未来を創り出すプロジェクトを紹介する企画の第2回目です。
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鍼灸師と病院のコラボレーションが生み出すもの ①
北斗病院での鍼治療研究が始まって一年が経過しました。 最新の脳科学を駆使して、鍼治療の効果を数値化しようという試みは、予想外の展開を見せ、鍼灸師の新しい未来を切り開く一大プロジェクトを生み出しました。 ...
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研究が進み、医師を初めとする病院関係者に、鍼治療の医療としての有用性が認知されはじめました。
そうなると、「なぜ、患者さんにこれほど役立つものが、適切に提供されていないのか?」という問いが関係者の中で自然と出てきます。
この問いの答えを医師と一緒に探っていくことで、鍼灸業界の大きな問題点が見えてきました。
Contents
鍼灸業界の問題点
加藤容崇先生(慶応大学医学部特任助教)と相談しながら、鍼灸が社会的に医療として機能していない理由を、様々な角度から探っていきました。
すると、次のような問題点が浮かび上がってきました。
- エビデンスが乏しい
- 施術が統一されていない
- 鍼灸を提供する場がなく、経済的に不遇な鍼灸師が多い
どれも、私たちが常に感じていることですが、医師側からの視点が入ることで、医療としての問題点が明確化し、解決策が見えてきました。
詳しく見ていきます。
エビデンスが乏しい
鍼治療の科学的研究は80年代から繰り返し行われてきました。しかし、ほとんどの研究が次のような結論で終わっています。
「鍼をすると効果が認められる。しかし、コントロール群にも効果が出てしまい、有意差がみられないため、効果を証明できない。」
コントロール群との有意差が出ないという、意外な障壁がエビデンスの確立を妨げてきたのです。
本気の鍼とコントロール群
エビデンスを確立するためには、「鍼をしたら効果がでた」だけでは足りません。
薬の研究で偽薬にあたる、「コントロール群(同じように鍼をしていると患者が感じるが、本気の鍼ではない)」と比較して有為な差を出す必要があります。
鍼研究ではコントロール群の設定が非常に難しいのですが、偽の鍼を使ったり、ツボをはずして鍼をする、などの形で試みられています。
しかし、結果は、本気の鍼とコントロールの鍼の効果に有意な差が出ず、鍼は効果があるのに、エビデンスにならないという状態が長年続いてきました。
コントロールとの差が出ない原因は腕?
研究の経験が豊富な医師に、この話をすると結構な確率でこう言われます。
「それって、実験する鍼灸師の腕が下手なんじゃない?」
初めに言われたときは、ピンときませんでした。
鍼灸師とエビデンスの話をしていても、この発想が出たことがないのです。
しかし、一人では無く、複数の医師に言われると、無視できない内容だと感じました。
ツボは少しズレただけでも効果が違うのに
今やっている研究の中で、ツボの位置をわざと外したら、効果が違うのか?というのをやってみています。
整動鍼の創始者の栗原誠先生は「ミリ単位で効果が変わる」と仰りますが、科学的には数cmでも差が出たら意味があるとの事なので、数cmずらして実験してみました。
結果、効果が全く変わりました。(どう変わったかの詳細は論文にて。)
これまで実験してきた鍼灸師は数cmの違いも分からなかったのか?と、疑問は残りますが、ツボを的確に捉えていない可能性は十分にあると、私も考えるようになりました。
そもそも、ツボの位置が鍼灸師によってバラバラな状態ですし。
施術が統一されていない
鍼灸学校で教えられるツボの位置は、「内くるぶしの上三寸」というように、非常に曖昧です。
そのため、ツボの位置に解釈の幅が生まれ、鍼灸師の数だけツボの位置があるような状態になっています。
「東洋医学は多様性が良いところ」という意見を否定はしませんが、やる度に効果がまちまちでは、病院で医療として提供するのが難しくなってきます。
少なくとも、ミリ単位で基準となるツボの位置をもっと精緻に統一する必要があります。そこから何ミリずれたら効果が高まるのか、あるいは下がるのかを比較しなければ、何が最善なのか永久にわかりません。
鍼灸師の腕の善し悪しとは?
鍼灸師は現状、効果を比較される機会がほとんどありません。効果を比較する仕組みもない状態です。
腕の善し悪しは、手際の良さやアピール力の高さでしか評価できていないのが現状です。
研究に参加するような、一般的に評価の高い鍼灸師が、安定して効果を出せる保証はどこにもないのです。
鍼灸を提供する場がなく、経済的に不遇な鍼灸師が多い
鍼灸の年間受療率は4%と言われています。非常に少ないパイを、数多くの鍼灸院・鍼灸整骨院が奪い合っている状態です。
鍼灸師の数は2014年の統計で108537人。単純計算すると鍼灸師一人あたりの患者数は年間88.9人になります。
月に7〜8人にしか施術を提供できないとしたら、腕も磨けないし、経済的にもなりたちません。
経済的な余裕がないと、技術を磨くための投資や時間を割くことが難しくなります。
受療率が低い理由
受療率が低い理由は、鍼灸に社会的信用がないからです。
何に効くかもわからない。どのくらい効くのか分からない。人によってやり方が全然違う。
そんな状態で、体に鍼を刺されるという行為を受けにくる人なんて、全人口の4%ぐらいだということです。
美容やリラクゼーションという誰もが受け入れやすい分野をメインにすることで、この問題を乗り越えようという流れもあります。
しかし、美容やリラクゼーションの分野は、マッサージやアロマなどのライバルが多い上に、鍼灸の飛び抜けた効果が証明されているわけではありません。
医療の分野では、薬、リハビリ、手術よりも抜きん出た効果が症状によっては確認されています。これを活かさない手はありません。
ちなみに美容鍼灸が話題になり始めてから10年、鍼灸の受療率はどんどん下がっています。
打開するカギは医師のシステム
多くの医師や関係者の意見を参考にしながら、加藤先生が中心となって、この状況を打開する方法を探っていきました。
そして、医師のシステムをヒントにすることで、新たな戦略が見えてきました。
病院・研究・理解のある医師や有力者・確かな効果を実証できる鍼灸師達、これらのカードが揃った今の状況だからこそ可能となる戦略です。
鍼灸師だけでは絵空事でしかなかった改革が、実現へ向かって急ピッチに動き出しています。
次回は、鍼灸師の未来を切り開くプロジェクトの全貌に迫ります。
つづく