鍼灸師がこっそり教える胃腸のツボ「足三里」の真実
そこ、足三里ですか?すごい嬉しいけど、ちょっとドキッとする質問
治療中にツボを探っていると、患者さんに「そこ、足三里ですか?」なんて聞かれることがあります。
足三里とは、足のスネにあるツボです。
胃腸症状、肩こり、疲労回復などに効果があるとされ、361ある基本的なツボの中でも1、2を争う有名人です。
患者さんがツボの名前を知っていると、鍼灸師としてちょっと嬉しく、ちょっとドキッとします。
西洋医学は、ロキソニン、デバス、リーゼなど、ある意味特殊なお薬の名前を一般の方が知ってるくらいに我々の生活に浸透していますが、東洋医学はそうではありません。
ツボの専門家であり、ツボを愛するものとして、医療の世界ですみっこに追いやられてきたツボ達が、日の目を見ることに嬉しさと驚きを感じるワケです。
ちょっとしたツボブームが到来しているのかも知れません。
足三里ってすごい効能!使ってみようかな?でも、、、、
ツボに興味を持った方が「そんなにいいなら、足三里、使ってみようかな」と考えるのは自然な流れです。しかし、みなさん大体同じ悩みに突き当たるようで、
「本を読んで押してみたり、お灸に挑戦してみたりしたんですが、その場所が正解かどうか自信が無くて。」
という相談を多く受けます。
さて、ここで、各方面から多くのお叱り受ける事を覚悟しつつ、鍼灸師の驚愕の実情を告白します。
それは、ツボの場所を聞かれて、「ここが正解だ!!」と100%自信をもって答えられる鍼灸師は、、、、ほぼいない!!という事です。
すごい足三里、でも正解がわかる鍼灸師は少ない
これには、ある理由があります。
この理由のために、「ここが足三里の正解!!」の代わりとして、「自分の足三里はここ。」「自分はここを使っている。」という解答しか出来ない状況に鍼灸師はあるのです。
その理由とは、「鍼灸師のとるツボは、場所が各自バラバラ。」というものです。
なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。
これには次のような3つの原因があると考えられます。
1,ツボの場所のすごい曖昧な設定
2,不完全な伝承システム
3,広げすぎた効果の風呂敷
1,足三里、つぼの場所のすごい曖昧な設定
足三里の教科書的な定義
教科書(新版 経絡経穴概論 医道の日本社)を開くと、「足三里」の場所についてこう書いてあります。
『下腿前面、犢鼻と解渓を結ぶ線上、犢鼻の下方3寸』
ちょっと訳が分からないと思いますが、犢鼻と解渓というのは、それぞれ膝と足にあるツボの名前です。
では、犢鼻はどこでしょうか。同じく教科書には
『膝前面、膝蓋靱帯外方の陥凹部』
とあります。
膝蓋靱帯外方の陥凹部とは、膝小僧にある二つのくぼみのうち外側のものです。
次に解渓
『足関節前面、足関節前面中央の陥凹部、長母指伸筋腱と長指伸筋腱の間』
となっています。
簡単に言うと、足首の前の方の凹んだところが解渓です。
つまり、足三里は「膝の外側の凹みと、足首の凹みを結んだ線の上にあり、膝の凹みの下に3寸下りたとこにある。」ということになります。
さて、これを読んで正確に足三里を取れるでしょうか。
10人挑戦したら、10人とも違う場所をとるのではないでしょうか。
記述の限界
陥凹部といってもなかなか広い範囲です。一番凹んだところとしても、指を押す角度や膝の曲げ具合で場所が大きく変わります。
また、3寸というのも、人によって違います。鍼灸の3寸は指の太さを元にしているからです。指の太さは人それぞれですからね。
さらに『下に』というのも角度で大分場所が変わります。実際、前脛骨筋の中央にとる人もいますし、脛骨際にとる人もいます。
鍼灸の理論は千年以上前に書かれたとされる古典がもとになっています。その時代に、CGなどで詳細に説明できる方法があるわけもなく、正確に伝えるのには限界がありました。
定義が曖昧なため、解釈に幅が生まれ、バラバラなツボの取り方を生み出してしまうのです。
2,不完全な伝承システム、足三里は曖昧
1の理由で、教科書的な記述だと永遠に正解にたどり着けません。
何とか正解に近づこうと、ベテランの鍼灸師にツボの正確な場所を聞くと、
「ツボと思われる近辺を指でなでてみて、指が止まったところがツボだ」と言われます。
鍼灸師は職人に近い世界です。ベテランともなると、筋肉のわずかな緊張の違い、温度、湿度など無数の情報を無意識に統合して指を止めることが出来るのだと思います。
私ごとき鍼灸師の端くれが試しにやってみると、どの情報に重きを置くかで、指の止まる箇所が変わってきてしまいます。
鍼灸は長く徒弟制度の伝統が続いてきました。
「見て盗め」「10年修行してはじめて触れることがわかってくる」という世界です。
権威ある人に「指が止まるところ」と言われてしまえば、そこで議論は終了です。
あとは、ひたすら何年も指を滑らせるしかないのですが、情報の重きの置き方で場所が変わってしまうので、同じ師匠を持つはずの著名な先生達でも、ツボをとる場所が全く違うことがざらにあります。
「みんな違って、みんないい。」
施術者は人柄も重視される傾向がありますので、そういう思想はとても素敵で支持したいところですが、技術を伝えていくということに関して言えば、弊害も出てきます。
技術がばらばらになってしまうと、検証が難しくなります。「足三里で効果が出たよ」と言われても、それが同じ場所だと確信できないと追試が出来ません。
そして、どんなに良いツボでも、鍼灸師同士で共有できなければ残っていきませんし、発展もありません。
3,広げすぎた効能の風呂敷
ここで、なぜツボを施術に使うかという基本に戻ってみます。
ツボを使うのは「狙った効果を出すため」のはずです。
足三里なら、胃腸の不調を改善するとか、肩こりを改善するとか、鼻水を止めるなどです。
ここで、あなたは疑問に思うかも知れません。
「効果を出すことが目的なら、効果が出たところが正解でないの?」と。
まさに、その通りなのです。効果が出るかどうかを正解の判定基準にすれば、問題は解決できるはずです。
しかし、ここでまた大きな問題が出てきます。
日中で共同編集された、ツボの最も有名な教科書に記載される足三里の効果を下に紹介します。あまり真面目に読まず、読み飛ばしてください。
下肢の麻痺
痺れ
足膝の腫れ痛み
視力障害
鼻中乾燥
鼻づまり
耳聾
耳鳴り
口眼歪斜
咽喉の腫れ痛み
胃の痛み
お腹の張り
嘔吐
腹鳴
下痢
腹痛
食欲不振
便秘
動機
胸のモヤモヤ
狭心痛
咳
ぜんそく
息切れ
尿漏れ
尿が出ない
浮腫
産後の腹痛
つわり
癇癪
躁鬱症状
中風
蕁麻疹
倦怠感
高血圧
熱病
東洋学術出版社 針灸学「経穴編」より一部改変
「ちょっと風呂敷広げすぎじゃないっすか?」と書いた人に小一時間問い詰めたくなる多彩さです。
これほどの数の効果を検証するのは不可能です。
そこで、ほとんどの鍼灸師の認識は、足三里に鍼をするとなんとなく胃腸に効果がある、なんとなく胸のモヤモヤがとれる、なんとなく倦怠感が減るようだ、というところに止まらざるを得なくなっています。
認識がそうだと、効果も曖昧になりがちです。
ちなみに、基本的なツボって361とかあります。
足三里一つで胸焼けしそうな効果の数なのに、それが後360もあると思うと途方に暮れます。もちろん私は全部覚えてないですが、中国系の針灸をする方の中には全部覚えてる方もいます。素直に凄い!と思います。
そういう方に、今回のような「ツボの正解はどこ?」なんて疑問を投げかけると、「全部覚えてもないのに何が分かるの?バカなの?」と言われて憂鬱になります。
古典の知識を全部覚えれば正解が見えてくるのかも知れませんが、必要な時間が膨大で、勤勉な怠け者である私は他に方法がないかをどうしても探してしまいます。
足三里の正解
私が現在取り組んでいる「整動鍼」という鍼の新たな技術体系では、この問題に一つの解答を示しています。
「整動鍼」は従来の思想や理論を一旦横に置いておき、『効果』だけにフォーカスしてツボを再定義しています。効果も検証しやすいようにシンプルに整理しています。
今回の「足三里」は、もともと胃腸症状の改善が代名詞のようになっているので、整動鍼はこの効果にフォーカスします。
人体の背中から腰にかけて「兪穴」という種類のツボが並んでいます。
兪穴は内蔵機能の不調が現れやすいところと言われており、実際、内蔵機能に問題があるときは対応する兪穴に強い緊張が見られます。
その兪穴の中に「胃兪」というツボがあります。「胃」と名前がついてるので、いかにも胃に効きそうですよね。
名前の通り、「胃兪」はある種の胃腸の不調の際、強い緊張が見られます。その時、ここの緊張を緩めると高い確率で症状が改善します。
もし、この背中にある「胃兪」を足のツボで緩めることが出来れば、かなり足三里のイメージに近いのではないでしょうか。
実際に、足三里があるとされる前脛骨筋の上部を調べていくと、一点だけ「胃兪」の緊張を劇的に緩めるポイントがあります。施術者はもちろん、施術を受けた側もハッキリ分かるほどの変化です。
整動鍼では、ここを「足三里」の正解としています。
興味深いのは、このポイントを数ミリずれると、胃兪への効果が曖昧になり、あるポイントでは他の部分(例えば婦人科系に関連するツボ)が劇的に緩みます。
整動鍼はこれを違うツボと認識しますが、数ミリの違いしか無いので、人によっては「足三里は体調によって動く」と感じたり、効能に余計なものを付け加えたくなったりしてしまうかもしれません。
足三里が分かった鍼灸師は刻を超える
足三里をとるとき、「胃兪が緩む」というハッキリとした答え合わせができると、検証が飛躍的に楽になります。
答え合わせが出来るので、練習もしやすくなり、技術の向上も驚くほど加速します。東洋医学特有のモヤモヤしていた感じが取れ、練習も臨床も楽しくなってきます。
整動鍼セミナーでは、基礎編で80個近い数のツボを学びます。その全てにハッキリとした答えが用意されています。
この80個の答えを知っているか知らないかで、技術の伸びるスピードが段違いになるのを実感しています。
誰も見たことがない正解を感覚で見つけるよりも、知っている正解に近づく方が早いに決まってます。
正解を意識して、一人の患者さんを診るだけでも、今までの何倍もの経験値を手にする感覚があります。これが、一週間、1ヶ月、1年と積み重るうちに、鍼灸師としての成長がどんどん加速していきます。
結果、鍼灸師として若輩者の私が、臨床歴30年近い鍼灸師の大先輩に治療のアドバイスを求められるという、不思議なことが起こっています。(大先輩の中に鍼灸師である私の父が含まれているのは患者さんに内緒です。)
まるで整動鍼というタイムマシンを使って、30年を一気に飛び越えてしまったような気分です。
足三里の正解が導く可能性
「足三里の正解ってどこなんですか?」という何気ない患者さんの質問に、鍼灸の重大な問題点と大きな可能性が潜んでいます。
「これが答えだ!!」と自信を持って答えられる鍼灸師が主流になれば、鍼灸はもちろん、医療の世界にも革命が起きるかも知れません。
大言壮語を吐きすぎて、お腹が痛くなってきました。静かに「足三里」にお灸でもしようと思います。
胃腸の治療実際は
本当に胃腸の症状が強いときは、こんな風に治療をします。
腹痛の症例 | 快気堂鍼灸院白石