突発性難聴の発症から鍼治療で回復するまで、鍼灸師の体験記
院長の谷地です。
当院は、突発性難聴・耳鳴りに関する施術技術を徹底的に磨いています。
その院長である私が、2018年の5月に自分自身の耳が突然聞こえなくなる経験をしました。
幸い、自分の施術で短期に回復することが出来ましたが、施術する側で見ている世界と、患者側で見る世界に大きな隔たりがあることを痛感しました。
まだまだ知られていない、突発性難聴の症状の特徴や、鍼灸施術を受ける際に注意すべきポイントを知って頂きたいと考え、難聴体験記を記しました
突発性難聴は連休前日にやってきた
それは突然やってきました。5月の連休前日の夜、洗濯物をハンガーにつるす作業をしていたときのことです。
この日は、鍼灸院への来院数がかなり多かったので、多少の疲労感がありました。
連休前でテンションマックスの息子6歳が、私の作業にちょっかいをかけて邪魔していました。
もともと洗濯物を干す作業が大嫌いな私は、イライラが募っていきました。息子も、かまってくれない私にイライラして、大きな声を出し始めました。
「うるさいなあ」と思っていたら、左耳に異変が起こりました。息子のソプラノボイスが急に「壊れかけのラジオ」のようなノイズ混じりの声に聞こえはじめたのです。
その後、徐々にノイズの割合が増えていき、同時に左耳で聞こえる音が小さくなっていきました。5分もすると、私の左耳は完全に聞こえなくなってしまったのです。
これは突発性難聴かもしれない
私の鍼灸院は耳鼻科領域の症状の相談が多く、中でも突発性難聴は来院患者さんの7割を占めます。毎日のように接している症状です。そのため、自分の症状が突発性難聴っぽいとすぐに気付きました。
いつも接している症状にかかわらず、いや、だからこそ、わたしの中で不安が膨らんでいきます。
なぜなら、突発性難聴は治りにくい病気だと知っているからです。
突発性難聴は治りにくい
2001年に行われた厚生労働省の調査によると、突発生難聴の推定受療患者数は35,000人とされています。
残念ながら原因はわかっておらず、2週間以内に病院で治療を始めても3割の改善率しかありません。
病院で改善しなかった症状の方が、私の鍼灸院を訪れます。
当院の場合、1ヶ月以内であれば8割程度、3ヶ月以内であれば6割程度の方が回復しています。
はり施術を早く開始できると、回復の可能性がグンと上がります。
発症してからまだ数時間の私の場合、回復する可能性は高いのですが、それでも100%ではありません。
「聞こえないままだったらどうしよう、突発性難聴の施術をする人が、突発性難聴を治せてなかったら、患者さんに信用されないだろうな」と不安は増していきました。
反対の耳に耳鳴りが?
時間が経つと、左耳だけでなく、右耳にも異変を感じました。まず、右耳で聞こえる音が大きくなったり小さくなったりしました。次に、ドクンドクンという大きな拍動のような音が聞こえました。その後、サイレンのような耳鳴りがしたり、急に正常に戻ったりというのを繰り返しました。
これは、脳の正常な機能です。脳には耳の感度を調整する機能があります。耳が聞こえなくなると、脳はおかしいと考えて、耳の音に対する感度を上げ下げします。カラオケのマイクのように、上げすぎるとキーンとかゴウンゴウンという耳鳴りになり、下げすぎると音が聞こえなくなります。この調整の影響が、聞こえるはずの右耳にも起こっているのです。
知識としては知っているのですが、実際に我が身に起こってみると、日常ではあり得ない変化に、「自分はおかしくなってしまったのではないか?」「一生、このままなんじゃないか」という不安に苛まれました。
知識がある自分ですらこれですから、症状についてよく知らない方にとっては、不安どころか恐怖さえ感じるのではないでしょうか。
突発性難聴への施術で気をつけるポイント
休んでいても一向に症状が改善しないので、はりの施術をする事にしました。もっと早くすれば?と思われるかも知れませんが、自分の調子があまりにも悪いと、はりをする気力も奪われるのです。
突発性難聴や耳鳴りを初めとする、耳の症状への施術は繊細な部分があります。そのため、守るべき鉄則がいくつかあります。
・耳の周りに施術をしない(刺激で悪化する事があります。)
・はりを沢山しない(無駄な施術をしすぎると、予後が悪くなります。はりは2〜7本くらいが適当と考えられています。)
・強く押したり揉んだりしない(筋肉へのストレスは悪化の原因になります。)
突発性難聴の原因は医学的にわかっていませんが、経験上、体の各部に発生する小さな緊張が大きく関わっていると考えています。
同じ突発性難聴という診断名であっても、顎、首、肩、背中、腰、手、足、、、、と原因となる小さな緊張が見られる箇所は人によって様々です。これを正確に捉えて、ハリで解消すると、回復に向かっていきます。
ただし、余計な箇所に施術を加えすぎると体の反応が麻痺して、効果が下がります。
突発性難聴、鍼の施術で回復の兆しがみえる
原因となる場所を私は必死で探しましたが、他人の体ではなく自分の身体を探るのは慣れてないので難しいのと、焦りもあり、ポイントが絞れず、どこもかしこも怪しく感じてしまいます。
気づいたら、9本ほど、はりをしていました。
多すぎです。
結果として、左耳の聴力に変化はなく、右耳の違和感が増してしまいました。はりの効果は翌日くらいに出ることもあるので、その日の施術はそこまでにしました。
その夜、左耳にキーンという大きな耳鳴りが鳴り響きました。音の出る機械が耳の中に埋まってるような、冗談かと思うくらい大きな音でした。しかし、気にして寝不足になると悪化するのを知っているので、気にしないようにして寝ました。
朝起きると、はりの効果か、左耳が少し聞こえるようになっていました。2割くらい回復した感じです。
早い段階で、回復の兆しが見えてきました。
ちょっと冷静になれたので、この日はしっかりと原因を探しました。
すると、顎の緊張の左右差が大きいことに気づきました。顎を調整するために、手にはりをしました。すると、耳の閉塞感が緩和して、5割くらい聞こえるようになりました。
その後、同様の施術を繰り返したところ、5日目には9割以上の回復を実感しました。鍼灸院が休みである連休中に治せたことに私は何よりも安堵しました。
突発性難聴を経験して鍼灸師が得たもの
今振り返ってみると、はりをする前に耳鼻科に行って、聴力を測っておけば良かったと思います。また、医師に何らかの診断名(突発性難聴、低音性感音性難聴、メニエールなど)をつけてもらっていたら、さらに今後の施術の参考になったと思います。
しかし、耳が聞こえず、耳鳴りに悩まされると、そんな余裕はありませんでした。連休中で病院もやっていなかったですしね。
現在は、多少調子悪い時もありますが、当院の副院長にハリをしてもらって良い状態を保っています。
症状に襲われた時の不安を、頭でわかっていたつもりでしたが、実際体験してみて、全く理解していなかったことに気づけました。難聴を扱う鍼灸師として、大変良い勉強になったと思います。
突発性難聴への挑戦と取り組み
難聴の施術は早ければ早いほど回復の可能性が高まります。
一般的に、難聴の患者さんは、まず病院に行って、治りきらないと色々探して、最終的に鍼灸院に辿り着きます。なので、発症から2週間以上経過していることが多いです。
医療としての鍼灸への一般的な信頼感を考えると、致し方のないことです。しかし、もう少し早ければもっと回復したのに、という例は少なくありません。
ここを乗り越えるために、現在、当院は北斗病院の医師と共同でハリ治療の研究を進めています。
どんな症状に、どれだけハリの効果があるのか。どのやり方が最も効果的なのか。これを明らかにして、ステロイド、高圧酸素療法、手術をする前に医師がハリ治療をすすめる体制を目指しています。
現在のところ、研究の成果は上々です。この成果を多くの患者さんのために役立てたいと思っています。
聴力が突然落ち、なかなか回復せず、不安を感じたらできるだけ早めにご相談いただけたらと思います。